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札幌地方裁判所岩見沢支部 昭和31年(ヨ)12号 決定

申請人 北海道炭礦汽船株式会社

被申請人 日本炭礦労働組合北海道地方本部新幌内支部

主文

一、別紙目録記載の物件に対する被申請人の占有を解き、これを申請人の委任する札幌地方裁判所々属執行吏の保管に移す。

二、右執行吏は右物件を申請人の指定する保安要員およびその他の者をして使用せしめ又は立入らしめなければならない。

三、右執行吏は右物件がその保管に係ることを公示するため立札、掲示板の設置その他適当な方法をとることができる。

四、被申請人は、申請人会社の保安に従事する者が保安のための準備作業、入坑、保安作業をすることを妨害してはならない、

(注、無保証)

(裁判官 田中登 草野隆一 秋吉稔弘)

(別紙省略)

【参考資料】

仮処分命令申請

申請人 北海道炭礦汽船株式会社

被申請人 日本炭礦労働組合北海道地方本部新幌内支部

申請の趣旨

一、別紙目録記載の物件及び工作物に対する申請人並に被申請人の占有を解きこれを申請人が委任する札幌地方裁判所々属の執行吏の保管に移す。

二、被申請人は被申請人に所属する組合員をして右の物件及び工作物に立入らしめてはならない。但し四の場合の従業員を除く。

三、右執行吏は右の物件及び工作物を申請人及び申請人が指定する従業員その他の者をして使用せしめ又は立入らしめなければならない。

四、被申請人は申請人が指定する従業員その他の者が右の物件及び工作物に立入ることを妨害してはならない。

五、右執行吏は右の物件及び工作物がその保管に係ること及びこの仮処分の内容を公示するため立札掲示板の設置その他適当な方法をとらなければならない。

六、被申請人は被申請人が所属する日本炭鉱労働組合が被申請人に対して発した昭和三十一年二月二十七日付〈賃〉第二十九号指令のうち保安要員の引上げに関する部分については従つてはならない。又組合員をして右指令中のその部分に従わしめるような措置をしてはならない。

との御命令を求める。

申請の理由

一、申請人は東京都に本店を有し石炭の採掘販売並びにその附帯事業を行う株式会社であり幌内鉱業所新幌内礦はその一事業所として空知郡三笠町に所在し日産約一、一五五噸の石炭を生産する炭礦で社員一八三名(非組合員六名職員組合員一七七名)鉱員一、八三五名=夫々二月二十九日現在=を擁する事業所である。

二、被申請人組合(以下組合という)は新幌内礦所属全鉱員を以て構成する単位組合であり(支部と称しているが実体は独立の組合である)企業別連合会組織としての北海道炭礦汽船株式会社労働組合連合会石炭産業労働者の全国組織としての日本炭鉱労働組合(以下炭労という)に夫々下部組織として加入している。

三、申請人と組合との間の賃金協定は昭和三十年四月八日付の申請人と炭労との間の協定に基き昭和三十年六月十五日を以て調印実施されていたが昭和三十年十二月三十一日を以て右協定は何れも期間満了し目下新協定につき申請人と炭労との間に於て交渉中である。

四、右交渉に於て申請人は炭労に対し申請人及び石炭鉱業の現状を説明して炭労の要求するが如き賃上げを容認することは経営上のみならず社会的にも不可能であることを縷々説明した。申請人の昭和二十九年上期同下期及び三十年上期に於ける経理状況は左の通りである。

単位千円

使用総資本純利益率

配当率

借入金比率

純利益(A)

使用総資本(B)

A/B

借入金(C)

自己資本(D)

C/D

二九年 上期

三〇、四一〇

一九、八三九、四八一

〇、一五%

年一割

九、四五八、五〇〇

四、三九一、二八一

二一五、三九%

二九年 下期

△一〇、二〇一

二一、三一八、六六七

△〇、〇五

無配

九、七五六、七五〇

四、七二八、五八一

二〇六、三四

三〇年 上期

△八、三九四

二一、一七五、八一一

△〇、〇四

無配

九、九六七、五〇〇

四、六九六、六八七

二一二、二二

(備考)

二十九年上期は三〇、四一〇千円利益が計上されているが、当期に至り清水沢平和第二礦の開礦を見たが政府の出炭規制政策が布かれた為両新礦の所期の生産計画は抑制され完全な営業転換は困難となり即ち当然決算に加味すべき両礦の当期発生減価償却費三二、三六一千円の負担は繰延べた結果であつて、正規の決算を為したる場合は計上利益三〇、四一〇千円と当期発生両新礦減価償却費の差額の一、九五一千円の赤字決算となるべき状態であつた。亦企業整備費用六五五、〇〇〇千円の繰延資産を内蔵している点にも着眼して決算を考慮すべきである。

五、右争議に当り炭労は日本労働組合総評議会(以下総評という)の指導する春季賃上闘争ゼネストの最も主要強力な支柱である事を自ら誇称し前記の如く申請人が屡次に亘つてその要求が経営の実体を無視した過大不当のものである事を説明しているにも拘わらず毫も考慮検討する態度を示さず遂に三月八日付を以て三月十九日以降無期限に「原炭搬出拒否部分スト」(坑内より石炭を出す作業の拒否)突入を通告し来つたのである。右は炭労が資本主義経済体制下の企業経営の本質を敢て無視蹂躪し争議行為の埓外に出て以て総評の全国ストの柱石としての使命を忠実に履行し所謂闘争の為の闘争を継続する意思ある事を示すものと言わざるを得ない。茲に於て争議の長期化を回避する事は現実に於て著しく困難視せらるるに至つた。

六、更に炭労の択ぶ処の前記「原炭搬出拒否部分スト」は争議行為に於ける労使対等の原則に著しく背反する即ち此のストは、申請人の本件事業所に於ては全従業員二〇一二名中僅か四名が作業を拒否する事によつて全生産機能は停止し全面ストと同様の打撃を会社に与えながら然も他の大部分の者の賃金は通常通り要求することをねらいとするストライキである。

七、かかる不当不公平な組合側の争議手段に対抗して労使の対等的立場を回復維持するため労働法上申請人に許された争議手段は正に作業所閉鎖であり且之以外に有効なる措置は現在あり得ないので、之によつて経営は一時的に停止し若くは減縮し申請人としては甚大な損失を蒙るのであるが三月十四日付を以て組合に対し申請人は遺憾乍ら作業所閉鎖を以て之に対抗する旨を通告した。

八、然るに炭労は既に二月二十七日の中央闘争委員会に於て会社がロックアウト(作業所閉鎖)を行う場合にも、その意思表示(掲示。通告。申入)を排して全員就業を強行し「原炭搬出拒否部分スト」を断行する事を決定し二月二十七日付炭労中闘発賃第二十九号を以て指令し下部組合員に対して屡々機関紙、ビラ等を以て教宣活動を行つている。又従来の例に徴しても団体交渉権、スト指令権、交渉妥結権の委譲を受けて成立した炭労の下部組織及び組合員に対する統制権能は極めて強大であり諸般の事情より炭労中央闘争委員長の指令に基き発する被申請人の闘争委員長の指令により組合員が申請人の意に反して不法に事業所に立入り之を占拠し申請人の事業管理権を全く排除しその結果生産管理と同一の事態が生ずるのであろう事は極めて明かである。

右はそれ自体申請人の権利に対する忍び難い侵害であるのみならず炭礦の管理は一般工場に比し著しく複雑であり無秩序なる管理は人命上の事故並びに後に回復し難い著しい損害を招来するおそれが多分にある。即ち

(1)、強行入坑は暴行、傷害及び器物毀棄等を惹起するおそれがある。たとえば会社では安全燈室並に携帯用電気安全燈を確保して保安要員に対してのみ之を交付するに止りその他の者に対しては之を拒否する態度をとらざるを得ないので之が争奪のため激烈な実力闘争が行われその結果暴行傷害及び器物毀棄等を惹起するおそれがある。

(2)、過去に於ける炭礦災害の実例は炭礦保安の困難性と重大性を示している。

炭礦は保安管理者の指揮の下に国家試験に合格した技術者、有資格者、指定鉱山労働者等を多数使用し統制ある有機的な管理下に操業せられており且つ多額の資金を投入して保安確保に万全を期しているのであるがしかもなお予期し得ない自然条件の変化或は些細な過失等により過去に幾多の災害を惹起しておる実情は炭礦保安の困難性を如実に物語るものであり又その災害は貴重な人命を喪失し国家資源の莫大なる損失を招来することは過去の実例が示す通りであり即ち炭礦保安の重大性を強調する所以である。

(3)、強行就労の場合は保安管理者の指揮命令が遮断されそのため坑内は危険に陥る。

強行就労の場合は保安管理者の指揮命令に従わない状況となり保安管理者の綜合的判断に基く適切な保安措置が不可能となる。たとえば

通気及び坑内ガスに関する保安上の措置がとられなくなり危険の状態に陥る。

自然発火による爆発の災害が誘発される。

水沒している旧坑等に近接して掘採すれば出水の災害を惹起する。

ガス突出の危険が生ずる。

電気、機械の安全が保証されず坑内作業が危険となる。

等予想される災害は極めて広範且つ重大である。

(4)、携帯用電気安全燈の無断使用はまことに危険である。

保安管理者の指揮下を離れた無秩序状態の下に於ては携帯用電気安全燈の部品の取替修理が不充分となり点検整備も不完全となり従つて不完備のまゝ之を坑内に携帯し使用する結果となる。

之は炭礦の如きメタンガスのある坑内に於てはまことに危険であつてこのため爆発の惨事を惹起するおそれが多いことは過去の実例からも予測出来る事柄である。

(5)、火薬類の不法持出し及び無断使用は危険である。

坑内に於て火薬類を使用する発破作業は保安規則に基いて火薬類の種類及び発破施行の方法等を保安管理者が指示しているのであるが強行就労(生産管理)による坑内作業遂行上無断で火薬類を不法持出し発破作業を強行するときは管理者の指示が行われず、発破作業はガス爆発その他重大な災害を惹起することは明白である。

(6)、無管理下の坑内電気は危険である。

拡大された坑内に於ける復雑多岐な電気系統に於ては、只一箇所のスイッチの一部品たりともおろそかに出来ず保安管理者の常時極度の監視管理を必要とするのが炭礦坑内電気施設の実状である況してや保安管理者の監督を離れて強行就労の場合に於ては到底平常の秩序を期待し得ず危険たるやはかりしれざるものがある。

九、更に炭労は二月二十七日付中闘発賃第二十九号指令を以て被申請人の闘争委員長に対し「立入禁止の仮処分が出された場合は全員就業せず保安要員の差出しも拒否せよ」と指令している。

かかる指令に基き保安要員の全面的不就労が実行されるならば、施設の荒廃破壊は勿論ひいては国家経済並びに国民生活に及ぼす惨禍測り知れざるものあり又人命にも危険が生ずることが当然予想せられるのであり敢て労働関係調整法第三十六条電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律第三条をまつまでもなくかゝる争議行為の違法なることは明らかである。

十、依つて申請人は組合に対し所有権鉱業権営業権乃至占有権に基き妨害排除並びに予防若しくは損害賠償請求権に基く本案訴訟を提起すべく準備中であるが、右訴訟の判決に至る迄現状の儘放置するに於ては事業所全施設は被申請人の組合員に不法に占拠せられ後日申請人に於ては勝訴の判決を得ても回復することの出来ない損害を蒙る虞があるので本申請に及んだ次第である。

疎明方法〈省略〉

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